タレントや女優で活躍している浅田美代子さん。
浅田美代子さんが若い頃のデビュー当時、アイドル歌手として活躍していました。
そこで、今回は、
・浅田美代子さんは若い頃アイドル歌手!赤い風船でデビュー【動画】
・浅田美代子さんは若い頃16歳で高校中退しスカウトで芸能界へ
・浅田美代子さんは若い頃•親友の樹木希林さんと出会う
・浅田美代子さんが若い頃の樹木希林とのエピソード
・浅田美代子さんは若い頃から歌が下手だった⁉︎
などについて、お届けしていきたいと思います。
浅田美代子は若い頃アイドル歌手!赤い風船デビュー【動画】
浅田美代子は若い頃アイドル歌手で赤い風船でデビュー
浅田美代子さんは若い頃、
アイドル歌手
でした。
愛称は、「美代ちゃん」や「美代子さん」で親しまれていました。
浅田美代子さんの歌唱力が上手というわけではありませんでしたが、
浅田美代子さんが17歳の時のデビュー曲、
「赤い風船」
が大ヒットしました。
1973年4月21日にリリースされると、5月中旬にはオリコンチャートで1位を獲得。
以後、5週連続トップをキープし、48万枚をセールスしました!
セカンドシングルとなった「ひとりっ子甘えっ子」も20万枚近くを売り、
日本レコード大賞の新人賞
に選ばれ、トップアイドルへの階段を登っていきます。
きっと、歌唱力云々よりも小首をかしげた17歳のあどけなさが残る笑顔のジャケットに魅かれて、男の子は浅田美代子さんのレコードに500円を払ったのでしょうね。
しかし、デビューから半年もNHKの歌番組に呼ばれたことありませんでした。
こんな大人気アイドル歌手なのに、なぜNHKからの歌番組に呼ばれなかったのでしょうか?
セカンドシングルとなった「ひとりっ子甘えっ子」も20万枚近くを売り、日本レコード大賞の新人賞に選ばれ、トップアイドルへの階段を登っていった
sponichi.
浅田美代子はデビュー半年もNHKの歌番組に呼ばれなかった理由
浅田美代子さんは若い頃、デビューして半年もNHKに呼ばれなかった理由は、
オーディションがあった
からと言います。
当時NHKで歌うには、人気アイドルといえどもオーディションがあったんですね。
浅田美代子さんは、3回受けていずれも不合格という結果に。
1973年10月1日のオーディションで初めて出演OKとなります。
その日は、わざわざバンドを自前で連れて来ての合格だったそうです。
当時の審査員の一人は、このように評価しています。
【審査員】
「アマチュアの延長のようで稚拙で幼稚な面はあるが、
若々しさがかわいい。
音程は外さなかったし、合格点ギリギリのちょっと上」
と微妙な評価ですね。
ともあれ、4度目の正直でNHKの歌番組に出演することができました。
浅田美代子さんのあのあどけない笑顔は誰もを魅了する力がありますよね。
当時NHKで歌うには人気アイドルといえども、オーディションがあった。浅田は3回受けていずれも不合格。
sponichi
浅田美代子は若い頃16歳で高校中退しスカウトで芸能界
浅田美代子は16歳で高校中退!スカウトされ芸能界へ
浅田美代子さんは、
16歳(高校2年生)で高校中退
しています。
その理由は、学校の規則で芸能活動は出来ないと決まっていたからです。
浅田美代子さんは、高校2年生の16歳の頃に明治神宮外苑でスカウトされました。
しかし、現在高校2年生で、両親の反対もあり最初は断っていたそうなんです。
浅田美代子さんが通っていた高校は、
東京女学館高等学校
で、偏差値は59〜65です。
たしかに、スカウトされても本当か嘘かの判断は難しいですよね。
では浅田美代子さんは、どのようにして芸能界入りしたのでしょうか?
高校2年生の時に明治神宮外苑でスカウトされた浅田美代子さんは、芸能活動は学校の規則で出来ず、両親も反対していた
arty-
浅田美代子は若い頃「時間ですよ」のオーディションを受け合格
浅田美代子さんを口説く過程で、当時所属事務所の芸映プロダクションが
テレビドラマ「時間ですよ」の新人オーディションへの参加を提案
しました。
浅田美代子さんはそれに応じたところ、約25,000名の中から選ばれることになり、これがきっかけで芸能界に入ることに。
テレビドラマの「時間ですよ」のお手伝い役で女優デビューをし、国民的な高視聴率番組だった上に、浅田美代子さんの愛らしいルックスが相まってたちまち人気を集めました。
若い頃の浅田美代子さんは本当に可愛いですよね。
浅田美代子は若い頃•親友の樹木希林と出会う
浅田美代子さんと樹木希林さんの出会いは、
「時間ですよ」のオーディションの審査員の1人
で、「時間ですよ」にも一緒に出演しています。
そこから樹木希林さんが亡くなるまでの46年間、自然に一緒にいたといいます。
浅田美代子さんと樹木希林さんの年齢差は、
13歳
という微妙な差で、姉や母のような存在でもあり、かけがえのない女友達だったとのこと。
浅田美代子さんは、樹木希林さんが仲良くしてくれる理由について、芸能界に引き入れた責任感と一方で、樹木希林さんにこのように言われたと話しています。
【樹木希林さん】
「お互いにいいんだよ。
美代ちゃんは天然ボケで通っているけど、私と仲良くすることで知的な部分もあると思われるし、私は面倒くさそうな女に見られているから、
美代ちゃんと仲がいいと結構親しみやすいところもあるのねって思われて、お互いにお得よね。おもしろい」
毒の部分もわかりあっていたし、何よりウマがあったそうです。
年齢差13歳にも関わらず、46年間もの間ずっと一緒にいれるのは本当にすごいですね。
お互いが気を遣うことなく、自然体で入れる仲だったんですね。
お互いにいいんだよ。美代ちゃんは天然ボケで通っているけど、私と仲良くすることで知的な部分もあると思われるし、私は面倒くさそうな女に見られているから、美代ちゃんと仲がいいと結構親しみやすいところもあるのねって思われて、お互いにお得よね。おもしろい
be-story
浅田美代子が若い頃の樹木希林とのエピソード
若い頃のエピソード①整形話が大好き
浅田美代子さんは、樹木希林さんとのエピソードで、こんな話をしていました。
浅田美代子さんが朝、身支度をしていると樹木希林さんから電話がかかってきて、
【樹木希林さん】
「8チャン見て見て。あの人、やったわね」
というので、浅田美代子さんは、
【浅田美代子さん】
「うん、やったね」
と答えます。
樹木希林さんは整形話が大好きで、女優の顔が変化したのを発見すると、喜々として連絡してきて、若い頃2人で分析していたそうです(笑)。
時には本人に「どこの病院でやったの?」と聞いて、後から浅田美代子さんが「どこどこですって言うわけないでしょ」と叱ったこともあったといいます。
逆に浅田美代子さんは「洋服を買うのはいい加減にやめなさい」って叱られたそうです。
浅田美代子さんは当時、雑誌『STORY』や『HERS』で私服連載ページを持っており、
「オシャレしてなきゃいけないから」と言うと、「美代ちゃんのことをオシャレだと思っている人なんていないわよ」って嫌味を言われて、くそーって怒ったりもあったといいます。
喧嘩までは行かなくても、ムッとし合うことはよくあったそうです。
お互いに言いたいことが遠慮なく言える仲は素敵ですね!
なかなかこんないいあえる人っていないからですね。
若い頃のエピソード②ハワイ旅行
浅田美代子さんは、樹木希林さんとお互いの家族も紹介し合い、
樹木希林さんとハワイに行くと、夫の内田裕也さんと合流することもあったといいます。
あるとき、3人で食事中に酔っ払った裕也さんが、希林さんの前で
【内田裕也さん】
「俺もいい女と付き合っていたね」
と不倫を自慢したので、浅田美代子さんが、
【浅田美代子さん】
「不倫して、どこがいい女なんですか?」
とめちゃくちゃ怒り、裕也さんが帰った後で樹木希林さんが、
【樹木希林さん】
「おもしろかったねー。あのときの裕也の顔見た?」
ってすごく喜んでいる姿が可愛かったそうです。
家族ぐるみの仲だったんですね!
内田裕也さんにも怒りの気持ちをストレートにぶつけられる浅田美代子さんは、すごいですね!
それほど仲がいいんでしょうね。
お互いの家族も紹介し合い、希林さんとハワイに行くと、夫の内田裕也さんと合流することも。
be-story
若い頃のエピソード③3つの教え
浅田美代子さんが若い頃に樹木希林さんから教えてもらったことで、今でも心に残っていることが3つあるそうです。
①不必要な物をたくさん持っていると、病気になっちゃうよ
浅田美代子さんは、物への執着が捨て切れず樹木希林さんに、
【樹木希林さん】
「美代ちゃん、知ってる? 癌っていう字は、病だれの中に品の山って書くのよ。こんなに物を持っていたら、病気になっちゃうよ」
と樹木希林さんはいつも言っていたそうです。
②人として普通に生きていることが大事
浅田美代子さんが樹木希林さんに出会った頃からずっと言われていたのが、
『人として普通でいなさい』
ということ。
樹木希林さん自身も特別扱いを嫌がり、一人で車を運転し、電車やバスに乗り、普通の生活を大切にしていたといいます。
③年を取ること、変化することを面白がらなきゃ
樹木希林さんの持論が、
【樹木希林さん】
「人間って年とともに変化していくから面白い。
50歳を過ぎたら50歳を過ぎたなりの、
60歳を過ぎたら60歳を過ぎたなりの、
いい意味での人間の美しさがある」
浅田美代子さんも老いるのはそう悪くないと思えるようになったそうです。
3つともどれも納得させられますね。
浅田美代子は若い頃から歌が下手⁉︎
アイドル時代の浅田美代子さんの大ファンだったという清水ミチコさんは、
【清水ミチコさん】
「浅田さんって、歌を歌いますよ!って感じがしなくて、歌いたくない!って出てるのがすごい良かったの、私は」
と言うと、浅田美代子さんは、
【浅田美代子さん】
「だって…あんなに下手だ、下手だって言われてさ、もう音楽番組行くたびに、また下手だって言われるんだろうなって」
と周りから歌が下手だといわれていたことを告白していました。
浅田美代子さんは当時のことを、
【浅田美代子さん】
「もう下手の代表ぐらいに言われていて。」
「それで、生放送が多かったから、『時間ですよ』とかの収録の合間に行ってたりしてたから、帰ってくると、(共演者も)みんながその時間見ていてくれて『今日はちゃんと歌えたねぇ!』とか言われて、『何なんだろう、私』って
と語っていました。
自分では一生懸命に歌っていても周りから歌が下手と言われると歌いたくなくなりますね。
そんな状況でも逃げることなく、きちんと歌の仕事をこなしてきた浅田美代子さんは強いですね。
当時について「もう下手の代表ぐらいに言われていて」と浅田。
sponichi
ということで、今回浅田美代子は若い頃はアイドル歌手!16歳で高校中退しスカウトで芸能界へについて、
・浅田美代子さんは若い頃アイドル歌手!「赤い風船」でデビューし、日本レコード大賞新人賞受賞
・浅田美代子さんは若い頃16歳で高校中退しスカウトで芸能界入り。テレビドラマ「時間ですよ」で芸能界デビューを果たす
・浅田美代子さんは若い頃に親友の樹木希林さんと「時間ですよ」の審査員の1人として出会い、以降46年間一緒にいたとのこと
・浅田美代子さんは若い頃から歌が下手といわれていた
ということがわかりました。
今後の浅田美代子さんに注目していきましょう!